HISTORY

沿革

THE FOUNDING OF NAKATORIKAI SOKO

中鳥飼倉庫株式会社のなりたち

1970年代の中鳥飼地区航空写真 昭和46年、摂津市より中自治会を通じ、中実行組合に対し都市計画事業「鳥飼中部土地区画整理事業」への参画が正式に打診されました。

本事業は、施工区画面積111ヘクタール、総事業費70億86百万円、減歩率20.2%という、当時としては国内最大規模を誇る大規模都市整備計画であり、地域の将来を左右する極めて重要な局面でありました。
当時、自治会長には森正夫氏、実行組合長には阪本正昭氏(第12代・昭和46~47年)、副実行組合長には関茂氏(第13代・昭和48~49年)が就任し、自治会規則に基づき、自治会長不在時は実行組合長がその職務を兼務することとなっておりました。
地域の重責を担う三名は幾度も協議を重ね、区画整理による農地整備そのものは農作業の効率向上に資する一方、開発の進展により先祖代々受け継いできた農地が失われていくのではないかという深刻な懸念を共有したと伝えられています。

すでに一部農地では売却が進み、大手企業による倉庫開発も始まっていたことから、このままでは地域の土地が外部資本に吸収され、地権者が主体性を失う恐れがありました。こうした状況下、中実行組合は「地域の土地は地域の手で守り、未来へ引き継ぐ」という決意のもと、組合員約100軒へ共同事業の立ち上げを提案したところ、13軒が賛同し、地域共同の倉庫建設事業が始動する運びとなりました。

この共同事業は、単なる開発事業ではなく、
地域が一体となり、自らの土地と暮らしの未来を守るために立ち上がった 地域自治の象徴
ともいえるものであり、今日の当社の事業基盤と理念の原点となっています。

FOUNDER's SPIRIT

創業の精神

創業メンバー

地域の土地を、地域の力で守り抜く
昭和48年12月13日、共同事業の精神を受け継ぎ、中鳥飼倉庫株式会社は正式に設立されました。

初代代表取締役社長に関 茂、専務取締役に森 正夫、常務取締役に阪本正昭が就任し、10名の取締役による体制が整えられました。
これらの創業メンバーは、地域の将来を見据え

外部資本に土地を委ねるのではなく、自らの手で地域の資産を守り、活かし、次の世代へ引き継ぐ
という強い使命感のもとに結束したといわれています。

昭和49年に1号倉庫・2号倉庫を竣工し操業を開始して以来、社は地域と共に歩み続け、現在では倉庫10カ所(敷地17,437坪・倉庫面積19,631坪)、駐車場4所(1,093坪)を管理・所有するまでに発展を遂げました。
これらの歩みは、創業者たちが掲げた理念を揺るぎなく継承してきた証であります。

中鳥飼倉庫1号倉庫